Ats the way

「NGO千の雫プロジェクト」「大阪手作り酵素の会」「千早ダーチャ」「Babbiの家」

『共同の創造』アナスタシア4

2014/10/23 21:21 ジャンル: Category:アナスタシア
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anastasia4.jpg
共同の創造 (アナスタシア・リンギングシダー)

届いてしもた。
忙しいけど、待ちに待ったこの本。
ようやく出た、アナスタシア第4巻。
届いた途端、めちゃ嬉しいのに、すぐに開けられない。。
何故って、

「読み終わってしもたらどないしよーー!?
 その瞬間を考えるとコワイ。つらい。哀しすぎる!!」

とか。そんなこと考えてました。アホかいな。

読みたいけど読み終わるのがコワすぎる~~!!

とまー、それほどまでに読みたかった本です。笑

なのになのに、、、
茶封筒を切って、中を見た途端、
ありゃりゃ?と、拍子抜けするほど、「その」振動が無い。無い!

ええ?なんか、ふつーーの本みたい。

そういえば、アナスタシア第1巻の時は、
本が届いて、袋を開けている時から
かつてない、爆発しそうな「振動」が届いてた。「それ」がない。

おかしいな。
期待に膨らんだ小さな胸が、またしょぼんとしぼむ。。

なんと、あれほど待ち望んでたのに、しばらく放置してしまい、
今日の夕方、ようやく、しぶしぶ、更に包まれていた
セロハンのクリアケースを開けました。

そしたら、、、
あれあれ??びっくり。
ところが「それ」は、急に「存在」し始めて、ぐんぐん振動を上げてくる感じ。

・・・・
なんでこんなことを書いてるかというと、
上記すべて、無意識に「感じた」ことです。
感じたというより、届いた。いつもの0秒でわかるやつです。

その「わかるやつ」を、そのまま、意識的に記憶した、
というか、記憶出来た、わけです。

普段、何か届いたり、袋開けたりする時の、
とっても微細なそんな「わかるやつ」に、意識的になったりしないでしょ?

(嬉しいとかドキドキとかの感情とは違いますよ。もっと手前のモノ)

私も普段は、わりとスルーしてます。
どっちにしても「届いてる」んやけど、
それは日常的にそんなに重要なことではないので
いちいち意識しないようにしてるんです。

それがたまたま、無意識に届いた振動を、意識的に記憶というか、
独り言みたいに言語化出来たので、
この際、いっぺん記録しておこうか、と。

「(お笑い)情報伝達の謎を紐解くシリーズ」の、鍵になるかも、と思ったのです。


・・・
と。

今も直、ノンストップで酵素作りに励んでいる毎日ですが、
今日は記録のため、ちょっと話題を変えて書いています。

何故なら、アナスタシア第1巻を読み、感想を書いた時から
http://atstheway.blog102.fc2.com/category41-1.html#entry480
確実に、新しい扉が開いたんです。
その後、第2巻、第3巻と、立て続けに読みました。
どちらもとてもよかったんだけど、
その感想は途中で頓挫?というか、下書きのまま
結局Upしませんでした。

それはそれで、そういうことなんでしょう。
今後また、Upしたくなったら、下書きを起こして公開すると思います。

もともと私は本の虫で、常に何か読むものがないと落ち着かない人でしたが
2009年ころからの「鎖国」と同時に、本もピタリと読まなくなりました。

その後も、「読みたい!」と思う本にはほとんど出合えずにいたので、
アナスタシア1巻以来、長く消えていた読書熱に猛烈に着火してしまい、
3巻を読み終えた後も、次から次へと、面白くもなさそうだとわかってるのに
淡い期待を抱いて、つい本を購入していました。orz

ほんとに、どれも面白くなかったです、、、、
それどころか、世はワナだらけ。ネットも今や、、、罠の罠。

益々、すべての人に、「アナスタシア本以外は読まないほうがいい」と、
薦めたくなります。毒。

だから、やっと、望んでいた本が出て、ものすごく嬉しかった。
知りたいこと、言葉に出来ないけど共有出来るもの、、意識、、
いっぱい、ここに詰まってるのを知ってるから。

ところが、上にも書いたけれど、
この本、ぱっと見た感じ、だからちっとも心を動かされない装丁です。
(すびばせん)
で、帯には、あの奇跡の植物と言われる「マルンガイ」(モリンガイとも言われる)
を日本に知らしめた、ソマチッド研究家でもある、菱木敏夫さんのメッセージ。

菱木敏夫さんのお話は、ご縁があり、一度聞きに行きました。
あの方自身は、素晴らしい方で、お話もかなり興味深いものだったけど、
それ以上、そちらに向けて世界が動くことはありませんでした。
(ご縁がなかった、ということです。)

どれだけ興味深いお話でも、そっちに向けて「動かない」ことってあるでしょ。
どれだけ大好きな人でも、ご縁が続かないことってあるでしょう。
そして、好き嫌いでいうと、嫌いな人でも、苦手な人でも、
何故か、その人と一緒の世界がどんどん動く、ということもあるでしょう。

こればっかりは、意味がわかりません。
でも私は、自分も含めて「動く」か「動かないか」が、ご縁だと思ってる。

とにかく、
そのせいでも無いと思うんだけど、
ほんと、本を見た時は、
「あぁ。この本もやっぱり、「わかってない」人たちの
「わかったような」理解のひとつとして、罠化(わなか)してしまうのか、、、毒。
と、相当、落ち込んでしまったのだけど。
それが、セロハンから出したとたんに、めっちゃガンガンに
別の本開けたみたいなヨロコビが、
指数関数線のように上がっていくのでビックリ。
その上がり具合は、不思議なほどでした。

で。

残りページ数が減るのを惜しみながら(笑)
なんとか、読み始めました。
ひつこいようだけど、惜しくて惜しくて、進まないんだ、これが。異常ー♪

でも、さっそく、最初っから登場しました。
私にとっても「真実」である意識がコトバとなって。。。嬉。

「神」のこと、「宇宙の真理」のこと。
なかなか言葉に出来ない、微細なエネルギーであるそれは、
いっそ言葉にしないほうが、伝わるのかもしれん、と
このごろは思っていたのだけど。

さっそく、言葉にしてくれた。アナスタシア。

「神」のこと、「宇宙の真理」のことなど、ありとあらゆる本に書かれてはいるが
どれにもまったく根拠が無い!と、ウラジーミルは言うのだ。

それに対してアナスタシアは毅然と答える。

「根拠はあるわ。」

「すべての根拠、この大宇宙の真理はひとりひとりの魂の内に
 永遠に保存されている。・・・(略)・・・」

(※注意;「魂」という言葉には罠満載。取り扱い注意。毒。)


その「根拠」を語るアナスタシア。
地面にさーーーっと手を走らせ、その手のひらを見せた。
そこには、草の種、杉の種、何やら小さな虫、、、

「この種はこんなにも小さい。
 でも、土に撒けば、堂々たる杉の木に育つ。
 樫でも楓でも、そして薔薇でもなく、必ず杉の木に!」




私にとって、今たった3行に縮めて書いたけど、これぞ真実。
これほど、すべてを物語る言葉はない、と思ってる。

過去の日記に何度か、こんなことを書いたと思う。

約20年前、人生を変えるような大きな気づきがあった時も、
生命の歴史38億年の奇跡について、身震いするような感動を覚えた時も、
伝えてくれたのは、このメッセージでした。

一粒の小さな種。
それは、杉なら杉、薔薇なら薔薇、ヨモギならヨモギ、、、
必ず、ひとつの狂いもなく、必ず、
その種が連綿と受け継いできた情報を、そのまま花咲かせるのです。

決して、杉の種から薔薇の花は咲かないのです。

(ミュータント(突然変異)はあるのかなぁ。ある基準のもとで。何世代もかけて。)

とにかく。
だけど、
その連綿と受け継ぎ、取り消し変化しようもない情報に、
必ず、一個ずつ違う、「個性」という新しい情報は常に新しく発生する。

だから、遡ると気の遠くなるほど続く、生命の鎖の、
そのどれひとつとして、同じものはないのです。

矛盾するけど、完璧に同じで、完璧に違うのです。
普遍と変異です。

あまりに当たり前すぎて、見過ごしすぎなんですよ。

杉の種からは杉しか産まれないでしょう。
でも、あの杉とこの杉、姿形は似てるけど、ちょっと違うでしょう?
それぞれに個性があるでしょう?

だけど、杉は決して薔薇にはならない。
薔薇は決して杉にはならない。なれない。でしょう?

杉でも色んな種類がある。
受け継いだ情報以外の杉にはなれない。よね。


人間は、、、
人間だけは別だと思うのでしょうか。

畏れ多い話です。
人間だけは、自然の存在ではない、とでも言うのでしょうか。


私もあなたも、
持って産まれた遺伝子に書かれているとおり、
38億年前の、まだ海のエキスだったころの時代から、
たったの一度も途切れることなく、今に受け継がれた、
天文学的な数の情報が、創り出した設計図どおりにしか、
つまり、そう在るようにしか在れない。のです。

あの人のようにも、この人みたいに、も、成り得ない、のです。
あなたはあなたでしか、ないのです。

あなたは、かけがえのない、あなたであるのです。
ものすごいことなんです。

38億年前から、
たったの一度でも、その繋がりが途切れていたら、
もうそこにあなたはいないのです。存在していられないのです。

そんな、「存在出来ず消えていった存在」が、
この世に、どれほどの数だけいたか、考えたことありますか。

それはもう。ものすごい数です。

精子の数だけでも、数億個と言われています。
数億のなかから、あなたとなる精子が、たった1個、受精したのです。

受精どころか。
「無駄?」に捨てられた精子の数は、数百億?数千億?

金メダル取るより、東大に合格するより、難関です。奇跡です。


・・・

話をもとに戻しますが。

その、杉の種は杉に、薔薇は薔薇に、、、
これが、宇宙の真理であり、その根拠となる証拠です。

「そんな~ん、薔薇は薔薇、タンポポはタンポポ、当たり前や~ん♪」

と、それだけしか思わなかった方、さよおなら。笑
そうなんです。めっちゃしょうもないことなんで、気にしないでください。

私には、ノーベル賞などより遥かに偉大な発見です。ここから受け取るものは。


と、、、
今日はこんなことをふつふと思いながら、本も読み進まず哲学してたら、
ふと、

「私はいったい、こういうことを、誰に向かって言いたいのか。」と思ったのです。

そうそう。別に誰にも言う必要なんてない。
自分だけの楽しみとして、極めて(きわめて?)いけばいいのに。

でも、伝えなくちゃいけないという想いにかられるほど、書きたくなるのです。

誰に伝えたいかというと、

だから、何度も言ってますが、
杉なのに薔薇だと思ってる人、思いたい人、薔薇になりたい人、
或いは、杉なのに、薔薇の情報ばっかり追いかけている人、
杉なのに、薔薇世界に住んでると思い込んでる人、
薔薇妄想にひたってる人、薔薇化してしもてる人、、、笑

わかるかなぁ。

今は世界が、日本がすでに、
杉なのに薔薇化してます。
杉なのに、「奇跡のマルンガイ」と思ってる人や、
杉なのに、ぐちゃぐちゃに木に巻きつくクズのツルの振りしてたり、
杉なのに、野に咲く質素で害の無い、可憐なお花の格好してたり、
杉なのに、松になりたい!マツタケになるぞー!美味いからな!とか。。

(あかん。想像が膨らんで面白すぎる。)

杉なのに、おどろおどろしい化け物化してたり、
杉なのに、松のことで悩んでたり
杉なのに、ヨモギ気になってしかたなかったり、
杉なのに、ひまわりが可愛すぎて腹立つとか、
杉なのに、梅の悟りを得たい、とか。
杉なのに、私は病気なのよ。癌なのよ。ウツなのよ!
杉なのに、過去生はマグダラのマリアらしいのよ!

とかとかとか。

杉なのに、「ありのままの胡蝶蘭!」とか「ありのままの草~」とか。
私は冷たいのよ!私は優しいのよ!ちっさいのよ。おっきいのよ。
あれなのよこれなのよーー!!もぉー!!と。

杉なのに、
みんなあほなのよ。世界は狂ってるのよ。ここは異世界よ。(これ私。)


いっかい、停まってみてはどうでしょう。

あなた(私)は、杉、なんです。ここは普遍です。

変われるところはあるんです。あなたのいう「個性」の芽は
誰にも摘まれることはなく、邪魔されることはなく、
あなたがあなたの「気持ち」ひとつで、変えてゆけるんです。

だけど、あなたはどうやったって、杉です。杉ちゃんです。


あ。「気持ち」。

これ、アナスタシアも言ってました。

「その真理を取り出せるのは、どこか?
 腎臓か、心臓か?それとも脳なのか~~?!」と、
子どもみたいに食い下がるウラジーミルに対して、

「『気持ち』よ。自分が抱く『気持ち』によって
 真理を見極めようとして!・・・略・・・」



と、アナスタシアは答えるのです。

『気持ち』。

いい訳やなぁ、と思いました。

『感情』ではないんです。絶対。『直感』とかでもない。

ふつうにふつうに、「気持ち」なんです。

「気持ち」を、大切に。杉である普遍の真実を、大切に。

そこから、自分を創造してゆくんです。
手を伸ばしても、足を伸ばしても、どれだけ背伸びしたって、
杉である真実を無視していたら、幸せではないです。

これは、身の丈を知れとか、足るを知れ、とか、
謙虚で質素な教えではないのです。

あなたをどれだけ探しても、あなた以外のどこかに、
外側に、あなたはいない、ってことに
ええかげん気づいたほうが楽やで、ってことです。

何かを学ぶより、身につけるより、
学んだものを、身につけたものを、一度全部外すべし。

全部、余分なものですから。


届く人には届くことだろうし、
誰にも届かなくてもかまわない。

ただ、私は「それ」を「発する」だけ。
膨大な意識の一部である存在として、発信しとくだけです。


さて。
「あなた(わたし)」とは、いったい、何でしょう?

杉ですか?人間ですか?
人間でも、黄色人種というカテゴリーですか?

その中でも、日本人を親に持つ、日本人ですか?
男ですか女ですか?どちらでもないか、どちらでもありますか?

何故、そこにそんな風に産まれたんですか?
なんで、そんな性格してるんですか。
何が好きですか?何が嫌いですか?
なんで、あれが好きでこれが嫌いなんですか?
不思議じゃないですか?

もし不思議でないのなら、
誰かが「あれが好き」って言ったから、好きなんじゃないですか?
みんなが「あれが嫌い」って言ってるから、嫌いなんじゃないですか?

持って生まれた嗜好性とか、癖とか、目指す方向性とか、
それが真に、自分のものなら、なんでそれなんでしょう。
こんなに不思議なことはありません。

あなた(わたし)は、いったい、何故「そう」なんでしょう??

答えなんて、誰にもわかりません。自分にしか。
自分でさえ、すべてを言葉に紐解くなんて、
そんなえらそうなこと、考えないほうがいいですね。

だけど、その考える(哲学する)過程に、宇宙の真理があります。
気づいても気づかなくても、普遍的に誰にでもあります。
宇宙のどこにでも、存在してます。

きっと、気づかなくても、その真理を手にしてるでしょう。
そのプロセスの中に。

私はそう思って活きてまつ。


私は私でしかない。
いえ、
私は私であります。
38億年を経て、私でしかあり得ない存在として
今ここに在る、かけがえのない、私です。奇跡の存在です。


これが。
宇宙の真実であり、神という存在です。(言い切り)



ははは。
アナスタシア第4巻。「共同の創造」(タイトルは響くなぁ。)、
実はまだ、13ページしか読んでません。m(_ _)m

しょっぱなから、宇宙の真理の根拠を、言語化してくれたことに
うれし泣きして(泣いてませんが)しまうほど、嬉しかったので、
記録として書いています。

まとめて後で書こうとすると、消えてゆくからです。
微細すぎて。当たり前すぎて。

終わるのが惜しすぎて、ちびちび行きます。

どうせ明日からまた、Happyな酵素作りロードが続きます。
次元の違う、私の大きなヨロコビの世界。


はい。終わります。
読んでくれてありがとうございます!!

追伸。
アナスタシア以外の本は読まなくて(読まないほうが)いいでつー。

このページは、私の個人的な発信です。

文責:北野あつこ









『アナスタシア(響きわたるシベリア杉 シリーズ1)』を読みました。

2014/03/11 02:32 ジャンル:アナスタシア Category:アナスタシア
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アナスタシア (響きわたるシベリア杉 シリーズ1)アナスタシア (響きわたるシベリア杉 シリーズ1)
(2012/09/26)
ウラジーミル・メグレ

商品詳細を見る


※書きかけたまま1週間以上保存してた記事を、編集しながら書きました。
 その後も、読み返すたびに書き加えたり、もっと的確な言葉に代えたり
 どんどん振動も変化しています。最訪問してくれたら、また読み返してみてね。


久しぶりに、時間を止めてでも読みふけりたいと思った本です。

この本のことは随分前に知ってはいました。
当時mixiで知り合ったアメリカ在住の男性が、
まだ日本語に翻訳されていなかったこの本の一部を訳して
ご自身のページにUpしてくださったんです。

(今mixiに行ってみたら、まだ記事が残ってました。
2007年でした。私も「バンビ」というHNで、絶賛スピスピ系の時代です。
秀さん、お借りしまーす。

まだ本を読んでいない方のために、下に秀麻呂さんの翻訳を転載します。

mixi見れる方は飛んでみてね。コメントのやりとりもめちゃ盛り上がってます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=628510058&owner_id=620701



"The Ringing Cedars of Russia: Book1. Anastasia" 11章から
--------------------------------------------------------
Anastasiaは言った。

「あなたが植える種の全ては宇宙についての膨大な情報をその中に含んでいます。人間の手によって作られた何物もこの情報とは、サイズにおいても正確さにおいても比較になりません。これらのデータの助けにより、種は100分の1秒の単位にまで正確に、生きる時、育つ時、地球からどのエキスを摂るべきか、太陽、月、星達である天体からの光線をどの様に使うべきなのか、何に育つのか、どんな実をもたらすのかなどを知っているのです。

これらの実は人間の生命を維持するために意図されています。これらの実は現在や未来の如何なる製造された薬よりも、より強く効果的に、如何なる人間の身体の病気に対しても抵抗し中和する能力を持っているのです。しかし、その最終目的のためには、その種はその人の状況を知らねばなりません。種が成長過程において、特定な個人が既に持っている、或いは持ちがちな病気に対して、その人を癒すための正しい比率の物質で実を堪能出来るためなのです。

自分が育てる胡瓜、トマト、或いはどんな他の植物の種であろうと、種がその情報をもつためには次のステップが必要です。


種を植える前に、口の中に種を入れ、舌の下に少なくとも9分間入れておきなさい。

それから合わした両手の手のひらの間に種を置き、そこに30秒は維持しなさい。これをしている時には種を植える場所のその土の上に素足で立っている事が重要です。

注意深く、持っている種を口の所まで上げなさい。
それからあなたの息で暖めるようにして軽く吹きなさい。そうすれば小さな種はあなたの中の全てを知るのです。

それから、手を開いたまま、もう30秒の間、今度は種を天体に捧げるように維持しなさい。そうすれば種はその目覚める時を決めるでしょう。惑星達が全てそれを助けるのです。そして新芽にあなたのために特別に作られる実に必要な光を与えるのです。

その後、あなたは地に種を植えてよい。如何なる場合でも、すぐに水をやるべきではない。種に覆われている唾液と種が取り入れるあなたについてのその他の情報を洗い流してしまわない様にである。植えてから三日後には水をやってもよい。

植える日はそれぞれの野菜によって最も適した日に行われるべきである。(人々は既にこの事を太陰暦によって知っている。) 水をあげない事において、種蒔きの時期は遅すぎるよりも早過ぎる方が害にはならない。

新芽の周りに育っている雑草を全て引き抜いてしまう事はよくない。それぞれの種類の少なくとも一つはそのままおいておくべきである。雑草は減らす事は出来る。」

--------------------------------------------------------



どうですか?

当時、この一部分の翻訳を読んで、とても驚いたと同時に
「種は絶対こうしてから撒くべきだ!」と、明確に思いました。

私が、食の学びをやりたいと、突然ひらめいたのは、2010年末。
だから、当時は、植物のことも微生物のことも、
さらには「情報伝達」のことも、まーーーったく、意識になく、
考えたことも想像したこともなかったんです。

だけど、このほんの数ページの翻訳は、真実だと確信出来たんです。

それから、自分でも野菜を作ってみようと思った2011年春、
このアナスタシアの話を思い出して、種を口に含み、
可能な限りの「アナスタシア式」を試してみたのでした。^^

ビギナーズラックもあってか、その時撒いた種は、
小松菜もほうれん草も、それは美味しくやわらかく、育ってくれたのでした。

でも、その後から、ヨモギやはこべちゃんたちが出てくるようになり、
私のプランターは、すっかり、野草のプランターとなり、
野菜作りは、たったの一回で終了~~♪(たぶん向いてない。笑)となっちゃいました。


その後、アナスタシアの本が日本語に訳されてベストセラーに
なっているらしいことを、風の噂には聞こえてきたけれど、
ベストセラーになるとすっかり読む気が失せる天邪鬼は私だけでしょうか?笑

アナスタシアは、秀さんが転載してくれた一文だけで
十分すべてを理解したような気になっていたし、
その後聞こえてくるレビューは、妙なスピ系の、
苦手なEnergyだけがピラピラと飛んで来て、それに同調する気になれず、、(毒)

余計なEnergyが邪魔をして、今まで読むタイミングを逃してきたのでした。


でも先日、上田姐さんがこの本のレビューにリンクしてくれていたのを読んで、
ついに、めっちゃ読みたい!というタイミングをもらったのです。

天邪鬼な私に、このタイミングをくれたことに
めっちゃ感謝しています。上田さん、ありがとう♪

そして、届いてまだ1週間も経ってないかな?
すでに、イッキ読みしてしまいました。

ここ数年、自分に起きた体験、ずーっと感じていたこと、
なんで「直接」誰もわかってくれへんのか~、みたいなイラ立ちとか、
言葉や文字で絶対うまく表現出来ない、そのリアルな感覚(みたいな)、、

とにかく、誰かに話をしても、「伝わってない」のがわかるものだから
いつも虚しい想いをしてた。

それがやっと、正しく伝わるきっかけとして、この本に出合えた。

やっと、話のわかる相手が見つかったー、みたいな。(毒)

そして、自分には「糸口」みたいなものしか見えていなかったから、
その全貌に近いものを、見せてもらった気がして、
これからの進み道に、大きな明るい光を灯してもらえた、とも思う。

ここに書かれていることは、とても衝撃的であり、とても大切なこと。
言葉や文字や肉体を使った行動だけで、私たちが生きてはいないことの証し、
常に誰かや何かと、テレパシックに交信し、情報伝達をし、干渉し、影響され、
実は、そんな目に見えない関係性のほうが、世界の多くを占めているんじゃないかと思う。

(でも、いわゆるスピ系の超能力とか霊感とかチャネリングとか、
 ちょっとのことでまったく真逆の理解をしてしまう人はきっと多くいると思う。
 そうじゃないんです。自分の良いように誤解したら、きっとすごく歪んで遠回りになる。)

「余計」に「過剰」に、或いは「自分の本質」じゃないところで感じてることに気づかず
その余分なものを発信してしまってる、と、いうことです。

この本は、今まで得て信じている情報を一度リセットして、
素っ裸のこころで読み、感じたほうが絶対いいと思います。


興味深い一文に、

「宇宙の、生きとし生けるものすべての情報は消えることはない。
 太古の大昔から今現代に至るまでの、すべての人が感じた想いが、
 すべて、ひとつの漏れもなく、(どこか)に、蓄積されている。
 誰でも、その情報の宝庫にアクセス出来て取り出せる。」みたいな箇所があった。

私たちは、常にずっと、そうして生きていると思ってるんです。
本来、ニンゲンは、そうやって生きるように創られている、と。

みんな、そういう事実を知っているからこそ、この本はこれほどまで
爆発的に広がったのではないでしょうか。

ところが、実態は、その膨大な(というか「すべて」でもある情報に
アクセスなどとうてい不能、そういう「すべての意識」の存在さえも
すっかり忘れてしまっているのが、現状だと思う。

それは何故か。

前からよく書いていることだけど、自分はいったい何かということを
誰もしっかり見たり感じたりしないようになっているからです。

人の意見を自分の意見と思い込んでいたり、
あふれる情報に振り回され、矛盾を繰り返し、軸もなく方向性も見出せず、
自分じゃない何かに、すっかり侵されている人がとても多いから、です。

ひとりひとりの純粋な想い、ひとりひとりの明確な意図、
それがまったく無いところでは、情報伝達が起こりえるはずもなく、
逆に、自分じゃない情報を、余計に、無駄に、乱雑に、発信してばかりで
今の世界のEnergyは、すっかり乱れまくっている。

多くの人は、「本来の振動」を発していない。振動していない。
何も、響いてこない。そこに苛立ってしまうのです。

ホントのあなたは何をどう思って、どこに向かっているの?
それが見たい。本当のアナタに合いたい。

それは、まだまだ自分にも言えることだけど。

今こそ、ホントにまじめに、真実の自分の想いや意図を見出さないと、
この世界は爆発しちゃうんじゃないかと、すごく危機感を持っています。


最初、この本を読み始めた時、
本の著者、ウラジーミル・メグレって男性が、典型的な古い男性エネルギーの持ち主で
だから大キライで(笑)、読むのがしんどかった。
また、こう訳すしかない「言葉」の持つ波動のせいなのか、
「スピリチュアル」に染まった(汚れた)、言葉の数々がとっても「余計」で、
それが気持ち悪くて、それから飛んで来るビームをよけながら(毒)
アナスタシアの伝えたい本質を察知したくて、読み進みました。

アナスタシアもたぶん、ものすごく言葉を選んでいると思う。
ロシア語から英語や日本語に訳す時に、どうしてもはめ込まないといけない
その「言葉の制限」が、本当に大きな壁だったんじゃないかな、と思う。

そして、中には、「余計な」理解をしてしまう人も多数だろうし
アナスタシアの真実が、どれほどの人に伝わるのだろうか、とも思う。

そんな「混乱」も承知の上で、アナスタシアの叡智は
この時代のバイブルとして、出るべくして出たのだろうな、と思う。

※わざわざ、こんな上から目線の、嫌らしい言い方で長々書いているのは、
 私のこんなイヂワルな側面そのものに、光を当てて、
 カラカラに、日干しにしたる、ため、ですよ。(苦笑)

 私がウラジーミルさんが嫌いと言っちゃったのと同じように、
 正直な想いを書いてしっかり嫌われて、
 初めて伝わるってことがあるし、自分の本質で感じてることを
 誤解されようが嫌われようが、ちゃんと発信してこそ、そこに意味がある、と
 一冊読み終えた今はわかる気がしているからです。


ところで、、、
この本に出てくる、ダーチャ。
ロシアの人たちの、ユニークな生活体系である、
主に週末に家族でやってくる、畑付きの別荘(小屋とかも)みたいなものです。

wikiより「ダーチャ」

ソ連時代になると、ダーチャは労働者の保養施設として都市近郊に多数整備されていった。ダーチャの土地は国家や企業組合から希望者に安価で支給され、土地を与えられた市民は自分たちで菜園や小屋などを整備した。



前の仕事(多言語の活動)で、世界の国々とのホームステイ交流があって、
ロシアとの青少年交流なんかも始まり、我が家にもロシアの子どもたちが
何度かホームステイにやってきた。

なみなみとお湯が溜められ、好きなだけいくらでも水やお湯が出る、
日本のお風呂に、それはそれはビックリ目でエキサイトしてたなぁ。
縁日で買った、小さな小さなおもちゃなんかも、ひとつひとつ大事にして、、、

かわいかった。

そしてうちの息子は二人とも、長男は小6で、次男は小4で、
夏休みの2週間、ウラジオストックでホームステイしてきてるんです。

当時、ロシアに行った大人も子どもも、みんな口々に、
この「ダーチャ」の話しをしていたものです。

冬に行った人は、ダーチャのサウナに入って、
そのまま、素っ裸で雪の中に飛び込むのだ!とエキサイトして話してました。


数日前、たまたま、長男・次男と両方が家に来たので、
「ロシアに行った時の、ダーチャって覚えてる?」と聞くと、
ナント、ふたりとも、「知らん」とぬかすのです。

まったく、うちの息子たちは、めちゃくちゃ国際的に育てたはずが
とんでもなく、地元志向のちっちゃい世界で生きてます。
まったくの無駄骨、大金の無駄使い、、、でした。笑

で、次男が小学校の夏休みに出した宿題で「ロシアホームステイ」の
壁新聞みたいなのを作ってたのを思い出して、それを引っ張り出してきました。

(こうゆうものの保管率はめちゃくちゃ高いおかん。)


今ちょっと写真に撮ってみました♪
コレです。
soshi 003
ほれ!

「ダァーチェです!」と、書いとるやないか!?
soshi 001
あ?ダアーチェか。

いや、みんな、ダーチャとかダーチェとか、
色々聞こえたままにしゃべるので、音が微妙に違うのです。

息子「あーーーぁ!ダーチェ!わかったわかった。懐かしい!」と。

それからしばらく、15年ほども前のロシアの思い出話に花が咲きました。
話をしないと忘れるけど、話し出すとやっぱり思い出すものですね。

ロシアは、当時まだバブルの名残りもあった日本に比べたら、
スーパー行っても棚が空っぽ、水は出ない、エレベーターは即止まる、停電しょっちゅう、
お風呂なんて、1週間入ってまてん!みたいな、それが普通。

さすが野生児の彼ら、そんな状況でもしっかり楽しんできたのですが、
そんなにお金持ちでもない家でも、
このダーチェがあるから、誰も食べるものにも困らず、
ソビエトが崩壊し、どんなに経済が大変なことになっても、
豊かな食生活が送れたのだと想像がつきます。

しかも、ロシアの女性とか、子どもの頃は超かわいくて、
若い女性は、ものすっごい美人。
ところが、年配になってくると、どうしちゃったん?ってくらい、
みんながメタボ。。。

ほら。
soshi 005
次男いわく、ママチカ(お母さん)はめっちゃ意地悪で(すびばせん)
でも、このお姉さんは、すごい優しくて大好きだったそうです。

どんなに貧しくても、いつもかなり良いもの食べてたらしいことは
ダーチェという暮らし方が、大きな理由だと思われます。

今思い出したけど、次男のお土産は、「松の実」でした。
アナスタシアに出てくる「シベリア杉の実」は、実は、シベリア松の実、
らしいことがどこかに書いてありました。

結構高価なものだし、栄養価も高いですよね。
キャビアやイクラも、結構自由に食べれたというし、、
そりゃ、メタボにもなっていくのでしょう。年を重ねるごとに。


2人の息子たちや、ロシアにステイに行った多くの仲間たちの報告から
この「ダーチャ」というシステムのことを、割とイメージが出来ていたと思う。
自分は行ったこともないのに。


ソ連の時代から長く、国の政策として、国民に与えられたこのシステム。
国民を操作したり閉じ込めたり、そんな意図もあったのかも知れないけど、
結果的には、飢餓や貧困から救ったのが、このダーチャ。

仕事が無い、給料がもらえない、、
だけどダーチェがある。(だからダーチェに行く。)

だんだん、仕事するよりダーチェでの暮らしが長くなったりするらしいです。

しかも、全国民の80%がダーチャを持っていると聞きます。
つまり、ほとんどの人が、食べ物の自給自足出来ているってことです。

実は、今の時代にもとっても必要で大事な仕組みじゃないでしょうか。
先月の大雪で孤立してしまった地域では、あっというまに物資が途絶えた。
だけど、地元の食材中心に販売していた店にはいつも食べるものが揃っていた。

ましては農家には、お米や野菜、保存食、
生きてゆくには十分な備えがあった。。。

この大雪災害は、世の人々への大きなサインだったと思う。
ロシアのダーチャみたいな暮らしを早いうちに構築しときなさい、という。。


やっぱり、ロシアという国は、何かあるね。
未来を見通す知恵があるのか、或いは真逆、なのか。



・・・
話をアナスタシアに戻しますが、
アナスタシアは、テレパシックな情報伝達方法を使って、
ロシアの「ダーチュニク(ダーチャを持っている人たち)に
必要なメッセージを、一生懸命伝えているのです。

土をいじり、種をまき、作物を育てようとしている人が、
「ふと」ひらめいて、実験的に何かをやってみる、、、

みんなが「直感」とか「ひらめき」って言ってるモノです。

そんな「ふと」が、アナスタシアの「光線」のなせるわざだったりするのです。

畑仕事は特にそうなのかも知れないけれど、
一心不乱に何かに取り組んでいる時、考えるともなく思考をめぐらせている時、
まったく思いもよらず、目には見えず声も聞こえず本にも書いていないような
そんな「」を体験したことって、きっと誰でもあると思う。

それが、アナスタシアのような存在、宇宙のどこかに蓄積された、
誰かが次世代に残したいと思った目ぬ見えず形もない意識の情報、、
あるいは、夜空をめぐる星の作用、、
だったりしたら、、、どうでしょうね?

しかも、それはアナスタシアだけが持っている「能力」ではなく、
誰にでも、そんな「情報伝達」を起こせるのだとしたら?

もちろん、私は、ずっとそう思ってます。
というか、ずっとそんな仕組みの中で生きていると思ってる。
みんな、知らずにそんな「情報伝達」のネットワークを持っていて、
無意識にでもキャッチしたり発信したりしていて、
それで、今の関係性や、つながりや、コミュニティが形成されていると思ってる。

願望が叶うのは奇跡でも何でもなく、この3次元(3次元ですよ)の法則やし、
イメージを形にするのが生きて活きている証しだし、
妄想でも想像でも、それが宇宙の理にかなっていれば、
そして、「余分なもの」が何もなければ、必ず顕現されると思ってる。

その上、もっと意識的に自分の「直観」とかに気づけば、
人生を創造するポテンシャルは、無限に拡がるはずなのです。

アナスタシアは、このダーチュニクとの交流を通して、
人と自然、植物や動物、土や水、小さな微生物たちも、
すべてと調和する生き方を伝えるために、一生懸命「情報」を送り続けているのです。

その、作物の育て方

そして、もうひとつは、子育て。

本来の、人として最も大切な子どもの育て方。ふれあい方、
それを伝えるのも、アナスタシアの仕事。

ほんのちょっと読んだだけでも、

「あーー。子育てもう一回やり直したい」って思いますよ。
今、子育て中の人は、ぜひぜひ、読んでみたらいいと思う。

この第1巻ではあまり触れていないけど、これからどんどん書かれてくると思われます。


そして、すべての「情報伝達」や、何かが形作られるプロセスの中で、
本に書いている「闇の勢力」(これもこう書くしか言葉がないんだろうな)が
必ず介入してきて、必ず干渉したり妨害したりしてくる、って話が
何度も出てくる。彼女はその勢力と、命がけで戦いながら(そう。戦っている。)
日々がんばっているのです。

もちろん、そんな日々でも、ヨロコビと幸せに満ち足りて、ですよ。


「闇の勢力」と言ったって、ロスチャイルドやロックフェラーとかの、
そんな、陰謀系の話しではありません。
・・・いや、まったく違うとも言えないな。

彼らや彼らを代表する団体とかは、「闇の勢力」の象徴みたいなもの。
「闇の勢力」とかいう、一大ブームを作ったのもまた「闇の勢力」。笑。

それで盛り上がった人たちもまた、闇の影響。。。爆。

それに対する「光」とかいう勢力の中にも、これまた「闇」がいっぱい紛れ込んでる、、

「私は光☆」とか言ってるんだけど、それ「闇ビーム」やん、って人、結構いますよね。

(今日の私正直すぎ)

いや、実際、美しいブリリアントな光の人ちゃんとおられます。たくさんね。、

闇や光とかいう言葉には、どちらにも、本当に、深い罠があるように感じます。

「学び」とかも、罠いっぱい。罠にはまったまま、使えば使うほど、余計な「学び」を呼ぶ。

「祈り」も。祈りは純粋な行為。人々に与えられた神聖な儀式。
罠にはまったまま「余計」に祈りすぎると、おどろおどろしい「念」となって、
世界中にふりまきまくっていることにも、気づいてください。

「ホ・オポノポノ」とかも、ね。
「引き寄せの法則」や「スライヴ」もそうです。
それらは真理だし、大切なことだと思うけど、罠にも満ちている。
なんというか、その、ど真ん中の「大切なこと」がすっぽり抜け落ちて、
「何かを手に入れる(欲)」のための、「方法論」として、飛び交ってる。

すべて「取り扱い注意」なんですよね。

神社めぐりも。
アタイも結構やりました。

神社そのものが、本来の神聖な意義が失われてるのかも。
めぐりまくって祈りまくったり、軽率に誓いまくったりすることが、
時に毒をばら撒いてしまってたりする。

多くが、自分の欲のため、「何か」を手に入れるための「方法論」に
成り下がってしまってる。最近のスピ系は、ほとんどがそんな感じ。

或いは、深く考えることをせず、ただ単に表面を漂っている、
場を取り持つためや、中和させてくれるための、「心優しい善人」な人もいる。

そしてもちろん、それがお役目で、純粋にコミットして生きて活きている人もいる。
それがどれだけ普通の人でも、とても大きなおシゴトとして、されている。

そういう人に出合えて、世界を拡げてもらえることは、喜ばしいことでもあると思うのです。

だからこそ、自分の本質をもっと知り拡大させて、
目の前の「光」と「闇」を、せめて感知するくらいにはならないといけないと思う。

ほんとに、これがまた、立派なおシゴトの人もおられるから、
一概に、罠とか気持ちワルイとか、言えないところがまた微妙~、なんだよね。

一回くらい、大罠にハマったほうが、理解が早いってこともあるし。
だから、結局は、ひとりひとり、余計なことやってるようでも、正解だったりするし。

難しいとこなんだけど、まー続けてみます。


「闇の勢力」とは、たとえば私の中の闇の側面。あなたの中のズルい側面。
疑い深い深い側面、自己憐憫な側面、自暴自棄な側面、不健康な側面、経済的不安な側面、、

幸せそうに見える人を、羨んだり妬んだりする側面。。。

自分の中の、光輝く側面を見ようとせず、
外に外に光を探し、求め、彷徨う、根無し草みたいな側面。

誰にでも、そんな側面はあると思う。そういうのも闇。

この二元性の世界の中で、光を当てれば必ず影が出来るように、
世界のバランスをとるためにか、「勢力」といえば、必ず両方が存在する、
と思ってるけど、そういう相対する「勢力」のこと。

だから、うまくいきそうな時にコケる。邪魔される。(と、思っちゃう)
出る杭は打たれる、とかいう、日常茶飯事の出来事でもある。

常に「闇」のような抵抗勢力の存在を見たり感じたりしますよね。

ネガティブな感情の集合意識でもあるでしょう。

それらのエネルギーは、うまく進む⇔うまく進まない とか
愛する⇔憎む 喜ぶ⇔悲しむ 幸せ⇔不幸、、、などと、
相対して、綱引きのように引っ張り合うことが仕事のエネルギーだから、
それは、必ず起きてくるか、常に起きているものなんだと思う。

だから、光の意識が多いと光の世界、
闇の意識が多いと、闇の世界の住人、ってことは確かにいえると思う。

どうにもこうにも、光を差し込めないほど、「闇」に支配されている人は多い。

ほんのささやかな日常の出来事や発した言葉などが「闇」であれば、
私たちは、無意識にでも、「闇の世界の膨大な意識」の情報の蓄積に
一役をかって出たことに、なるのです。

世に不平不満がつのり、今や私たちの想念が、そんな世界を大きく成長させてしまった。

今、自戒の想いも含めて、つらつらと書いているのですが。。。


でも、気づいていなかったり、そんなものとあきらめているから
居心地の悪い現状でも、いつのまにか、なじんでしまったりも出来てしまう。

アクセル踏みながらブレーキも踏んでる状態。それが今の世界じゃないですかね。

だから、異様に恐がる必要はないかも知れないけど、
無意識にでも、闇の勢力に加担してしまっている、ってことは知っておかないといけない。

(そうでないと、実際、とっても恐ろしいかも。あー言うてもた。
 「余計」に恐がる人も多いからなぁ。)

また、「闇の勢力」は、世界を混乱させるのが目的でもあるから、
平安な状態が永遠に続くということを、信じさせてはくれない。

不幸がご馳走なもんだから、幸せ絶好調な人でも、
いつかきっと、落とし穴に落ちる、、、とか、思わずにいられない。
心配していないと心配。みたいな。それも、「闇の勢力」の得意技。

そして、すごくうまく動き出した「光」の仲間たちも、
時を重ねるごとに、「闇」が顔を出し始め、問題が次々起きてくる。

これもすべて、始まった途端に、崩壊へと向かう自然のプロセス。

ここまで開き直ってわかってしまうと、ホント脱力してしまう。
ほんとに、もうどうしようもない、と、世の中に絶望してしまう。

それで、自分は自分の創造する世界だけにフォーカスして、
一生懸命生きて、活きて、逝きたい。それしかない、っていつも思うわけです。

特に、3.11以降、パンドラの箱があいて、
決して開けてはいけない箱まで開いてしまい、
世に魑魅魍魎があふれ出し、人々の中の闇にも共鳴しはじめる。

今や世界は「闇の勢力」が牛耳っていて、
一見「光の勢力の側」にいるように見えて実は「闇の帝王」みたいな、
そんな人がたくさんいるし、平然と、ごまかされている人も多数。。。


(私は今の世を「魔界」と呼ぶのがぴったりなんだけど。)


この話だけでも、もっと書きたいくらいなんだけど、
こんなことを書くと「そんなアナタこそ闇に侵されてる」とか、、
とかとか言われたりするので、もうやめます。

(そのささやきもまた闇なのじゃ。)


アナスタシアは、こんな闇のことばかり書いてるわけじゃありません。

とにかく、私が知りたかった「情報伝達」の仕組み、
素晴らしい、本来の人間のチカラ。
神は神に似せて人間を創造された、のだもの。

そして、これから人類が、絶対目指さなければならない方向性、
生き方、活き方、逝き方。

それでも、どれだけ方向転換をしたところで、
壊れ行く普遍の方向性からは逃れられないのだとは思ってる。

だけど、そんな「結果」など、どうでもいいこと。大した問題じゃない。
誰もがいつかは逝く。それが定められた事実であることと同じ。

どう生きて、活きて、逝くか、、。それが大事なこと。
「結果」は、「プロセス」の中に、含まれている。いつのときも。

だから、方向を定め直して、進んでいかなくちゃならない。
それは、しなくちゃいけない。

自分の中の「闇」と、せめて対峙しなくちゃいけない。
光で溶かしてしまうために。
というか、まずは自分の中の「闇」を認めて、気づくだけで
光が当たる、ってことです。
腰を据えて向き合えば、天日干し出来てカラカラになる。
そして、手放せる。
いや、もしかして、悪玉菌のように「闇」も必要で、
善玉菌のように「光」が優勢の状態を、いつも意識的に保つことが
ベストな状況なのかも知れない。

ともかく。
私たちは、、、「全体の意識」の、一部であるのです。
決して減ったり消えたりしない、常に誰かに取り出されたり探されていたりする、
大事な「全体としての意識」の、一部であるのです。

今だけじゃなく、過去だけじゃなく、未来だけでもない、全体。

この、3次元の、ちっぽけな思考や感情や言葉を通してでしか、
それを受信発信出来ないもどかしさはあるけれど、
その向こうに、その後ろ側に、いえ、その周囲大きな範囲に渡って、
それらを遥かに超えた、膨大な意識としての情報伝達が、
常に行われている、ってことを、いつも意識的に感じているべきなんです。

その世界が、「闇」だったり「光」だったりするわけだから。
いつもいつも、自分の言葉や行動に、責任を持って生きていないといけない。


そうやってしか、新しい地球は創れない。
私たちニンゲンは、創造する、という行為をすることでしか、生きられない。

「創造」と「想像」は、まったく別のことのようで、実は同じです。

「神」は、まったく違うものに、同じ音をあてはしない。必ず意味があると思う。
「想像」は決して単なる「妄想」とは違って、事実。現実。

あきらかに「想像」することで、膨大な(すべてである)意識にそれは蓄積される。

そして、法則に沿って純粋に意図すれば、すべて形を持ってこの世に産み出される。

・・・・

うーん。やっぱり虚無感が多少、漂ってしまうな。笑
「意識」というとても繊細な波動を「言葉」にほどくってことは、
その波動を、めちゃくちゃ粗くしないといけない。
粗いからカタチになるわけです。難しいですよ。


これからたぶん、アナスタシアについて、いっぱい書いてゆくと思う。
一度で全部書くなんてきっと無理だし、でも、書きながら多くを見つけていけると思う。

今、私も正直に、全体の意識とのアクセスを試みているところ。
脳か、心か、どこかのネットワークが、もぞもぞと言葉を捜してとてももどかしい。

でも、こうして言葉に紐解くことが、次を生み出すことも知ってる。

私はこれからますます、正直に言い訳なしに、生きようと思っています。

自分が自分であることが、どれほど全世界にとって大事なことであるか、
オーバーでなく、そう思っているからです。

ひとりひとりの意識が、誰ひとりもれることなく、とてつもなく偉大なのだとしたら
外側の誰かや何かを目指したり、うらやんだり、余計なことばかり求めているのは
どんな公害よりも、害なんだ、とかも思ったりします。

ここ数年、そういう、その人の本質じゃない何かばかりが飛んできて、
顔の無いお化けと話してるようなことが多いです。
その人の顔には、その人がまったく反映されていないので、
じっと見つめることすら出来ず、視線をそらしてしまう。

しっかり見つめ合って、その目の奥に光真実に出合いたい。
しっかりこころを通わせて、その場から産まれる、膨大な目に見えない拡がりを
感じたい。分かち合いたい。

たとえ、大嫌いな人でも、それがその人の本質なら、ホントに尊重できる。

理解できる。ともに生きてゆける。

そんな風に思っています。


だらだらと書きました。またきっと書きます。


ところで。最後に。
昨日ちょっと書いた、そんなわけで、千の雫「千早赤阪村ダーチャ」が
産まれました。そういうことです。

私はただ、酵素作りの場所を、求めていただけなんです。笑
畑なんて出来ない、ってずっと思ってるし言ってるんです。

なのに、どうやっても、畑をさせたい(相手が)という光線の中でしか
話が前に進まない、っていう、そんな流れが、あったのです。

これは、アナスタシアかどうかは定かじゃないけれど、
そういう「存在」というか「場」というか、
「大いなる全体としての意識」からの、完璧な交信があって、
私は何故か(何故かじゃないけど)、この本を読み終えたその日に、

広い畑と家を、手に入れていた、そういうことの、ようです。

私の顕在意識では、「なんでこうなるの?」とずっと思ってたし
この場所は、酵素作りの場所として、とても気軽に、だけど明確に、
方向設定していたにもかかわらず、
いつのまにか、「畑をやる」という方向にも、誘導されておったんです。

この場所のことは、3年前から知っていて、
だけど、あちこち寄り道したのは、きっとあらゆる準備のためだったと思う。

もちろん、ここで酵素作りもします。
今後、大阪の手作り酵素の会も、ここが拠点になります。

(私の描き続けているヴィジョンは、湧き水と薪ストーブのある小屋。笑
それとはだいぶ、違うんやけどな~~~。ま。順番に♪)

畑の全貌を見て、正直、驚きました。とにかく広い。
野菜、稲作、、ここは「野草」のために温存出来るっていう畑もある。

このまま、真面目に真摯に、本気で、命がけで、創ってゆけば、
周りには、みかん山や、あらゆる果樹に向いた山もあるんです。
それらの多くが、「ほったらかされて」いるのです。受け継げるかも。

この「準備」を進めてくれいていた、「Mr.X」は、
ここの土地の人々との信頼関係を、ずっとずっと築き続けてくれている。

だから、私たちは真面目な気持ちで、ここから先を受け持てばいい。

そして、その時が来たと同時に、畑をやりたい人たちが、
一団となって、そこに整列していたりもしているわけです。

今の世の中を思うとき、一番創らなければならないもの。
それは、とりあえずダーチャです。笑 でもきっと、そうです。

そんなわけで、ダーチャをはじめることになります。と思われます。

ひとりではじめるなんて全然思ってなくて、
ダーチュニク(ダーチャをやる人たち)の、共同体がきっと生まれていきます。
育まれていって、成長してゆくことでしょう。

そもそも、その畑が大好きって人が、
アナスタシアの本に、導いてくれたのですから。仕方ないですね♪

私、忙しいんですよ。これから野草酵素作りも始まるし。
だから、この情報を受け取って、ビビビと響いた方(本質でね)は、

どうか、一緒に創ってください。お願いします。
地球のため、未来の子どもたちのため、です。


今日は、ランダムすぎて、うまく書けたかどうかわからないけど、
これからきっと、うまく書けそうな気がしています。

ずっと、的確な「言葉」がひらめいては消え、また追いかけてはひらめき
タイプしてやっと落ち着く、みたいなことを繰り返しています。

なので、朝から読み返しては編集したり書き足したりしています。
こうやって、言葉を見つけていってる。自分のための記録でもあるから。

とても楽しい作業です。言葉を見つけながら、想いを顕現できることは。

やっと、溜まるしかなかった想いが、言葉にほどけるのかと思うと
それはちょっとヨロコビです。

今日はこれで、おやすみなさい。


最後まで読んでくれた人がいたら、今日もアリガトウ。







プロフィール

 Ats(あっちゃん)

Author: Ats(あっちゃん)
新しい地球創り
NGO千の雫Project

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