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『Imagine and create project』 Prologue

2018/09/03 00:18 ジャンル: Category:コミットメント
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nijinosyasin.jpg
写真お借りしました

アナスタシアシリーズの中に、「形象学」という言葉が出てきます。
アナスタシア説では、太古の時代、神とともに世界を創造していた人々は
皆、この「形象学」という学問を使っていました。
それがだんだん分岐して、今のあらゆる学問になっていると。
本来、この「形象学」があれば、他のすべての学問は不要なほど、
これはすべてを含んでいる、神の創造の方法、叡智、学問であるのです。

今や「形象学」なんていう学問は、どこにもありません。無いです。
ところが、
私たちは普段から、全員もれなく、形象学で生きています。よね?
「イメージをカタチにする」って何かのCMにありましたけど、それです。

アナスタシアを読む前から、この歴史ある(笑)自分のブログの
あちこちで、そんなことを書いています。
たとえば建築家が、ある時、「こんな建物を建てたい」と、ひらめきます。
イメージです。どこからかイメージが湧いてくるのです。
そのイメージの時点では、現実のカタチって、どこにも無いのです。
それは、ものすごく微細なエネルギーとして、わかりやす言うと空想みたいに
どこか別の次元で、だけど彼にとってはハッキリと存在しています。
彼には見えているのです。その全体像が。

それから、その彼にしか見えない全体像に沿って、
図面を描いたり、材料を調達したり、職人さんを集めたり、、
イメージに向かって、現実をクリエイトしていくわけです。

最終的に完成した建物を見て彼は
「イメージどおりのものが出来た!」とか
「ここはちょっとイメージと違う」とか、、思うのでしょう。

アーティストやクリエイターはみんなそうですよね。
ふと浮かぶイメージから、そのイメージに向かって、
そのイメージを紐解きながら、絵を描いたり、曲を作ったりするんですよね?

こういうことは常に誰もがやっていることです。形象学。

「晩ご飯何にしよ?」「ハンバーグ作ろかな」
と思い巡らした時点ではハンバーグは実在せず、
微細なヴィジョンとして頭か心か、どこかにぼんやり存在するだけ。
それを、晩ご飯の時に、カタチとして、食卓に出すのです。
形象学です。

途中、スーパーで関係ないものが安売りしていて
ハンバーグが、照り焼きチキンに変わったりすることもあります。笑
イメージの変更です。新たなイメージが生まれてます。
そんなこんなを繰り返し、最終的に、カタチとして初めて姿を現すんです。

素敵な洋服を作ったり、ひとつのプロジェクトを考えたり、
オリジナルの演劇を作ったり、映画を作ったり、、、

すべて、この、形象学、イメージをカタチにする、、ということです。
つまり私たちって、常に、形象学に基づいて、生きているということですよね。

「創造のふるさとは未来に」

今は無き、尊敬する祭主のことばです。
もう30年以上前に出合ったことばですが、
その時は深く理解してなくて、なんだか夢のあるステキな言葉、
そうだよなぁ~、ってホワンと思ってはいたけれど、
時間は過去から未来に流れて、創造は積み重ねで完成するもの、
当初はそんな基礎的な考えは持ったまま聞いていたと思うけど、
だんだんだんだん、生きてゆく上で腑に落ちていったことばです。

でも、本来、本当に創造のふるさとは未来にあります。
イメージは「こうなりたい」と思う未来から来るものだから。
こんなこと当たり前って今やみなさん思ってるかも知れませんが
当たり前すぎて忘れてしまっていることでもあるんです。

日々、あらゆる心配や不安に苛まれる。
過去の体験、過去のあやまち、現状への不満、、、
それはきっと、未来からくる不安でもありますよね。
このままでは、未来大変なことになる、
今なんとかしなくちゃ未来の子どもたちに申し訳が立たない。

私もここ数年ずっと思っていることです。
この3次元で生きている限り、これはこれで大事なことです。
危機感は本能でもあります。
危機感を感じながら、内心恐怖や不安を抱えながら、
いくらポジティブに生きようとしたところで無理です。

これはこれでとても大事なことなんです。
この星に生を受けて、何を想い、どこに向かって生きたか、
という、生命の証し、のようなものを私たちは残します。
それは、肉体というカタチが消えても、
イメージとして、微細だけど強いエネルギーとなって、
宇宙か別次元のどこかに、しっかり履歴として残ります。

人がある時ふと、イメージが閃くのは、
そういう「ところ」から、来ていると思うのです。
誰かが一生懸命伝えたこと、生涯をかけて取り組んだテーマ、
それこそ、建造物や音楽や絵、などもそうです。

ここまで繋がってきた、生命の鎖に連なる、すべての人の意識が
どこかの空間に、永遠に、消えることなく、残されていて、
そういう「ところ」から、私たちに閃きを送ってくるんだと思います。

いわゆる、アカシックレコードとか、宇宙図書館とか、集合意識、、
とか、それこそ言葉は何でもいいです。

ここに繋がる、すべての生命たちの生きた証し、想いや願い、
誰かが、たった今考えていることでもあるかもしれません。

呼びかけであったり警鐘であったり、、膨大な宇宙意識です。
良くも悪くも、光も闇も、それこそ選別されることなく、
それらすべての意識は混在していますよね。

同じ音や似た音が共鳴を起こすように、
自分に似た意識を自分の意識がとらえ、共鳴を起こし、
新たなイメージとして、「ふと」、閃くのではないでしょうか。

・・・
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